変わるときを迎えている学校

3月8日に今年度教えている中学校で卒業生を送り出しました。

厳かなよいお式でした。

卒業生を持つ学年の女性の先生たちの袴姿は素敵でした。羽織袴をつけた男性教諭の姿も颯爽としてらっしゃいました。

卒業していく生徒たちひとりひとりの名前を大切に愛おしむように読み上げる先生たち。

壇上で、はい!の返事と共に校長先生から卒業証書をいただく生徒たち。

はい!のひと言に3年間全ての思いがこもっている、事前指導においてそのように生徒に語り聞かせる先生の話になるほど!と思いました。

はい!の声の大きさも違えば、そこに込める思いも様々でしょう。200名近くの生徒たち一人一人の気持ちを想像しながら臨んだ式は実に感慨深いものがありました。

 

卒業していった子たちが3年前に入学した時は、コロナにより学校の活動が厳しく制限されていました。

せっかく入学したのに学校に通えず、普通に行われるはずの授業も部活動もしばらくはできない状態でした。

その時の状況は次の通り。

2020年6月1日現在、公立学校について再開状況を詳しくみると、「学校再開中」99%のうち、全校生徒が毎日登校して通常通りの時間割を実施している「学校全面再開中」は55%、全校生徒が毎日登校して午前授業など一部の時間割を実施している「短縮授業実施中」は17%。身体的距離を確保するために登校の対象学年を順次変えたり、学級を複数グループに分けたりなどしたうえで、週に1回から複数回登校させて授業などを実施している「分散登校実施中」は27%だった。

 

その頃私は高校と小学校で教えていました。

高校は、分散登校(今日は奇数番号の生徒が登校、明日は偶数番号の生徒の登校)の工夫をして、かつ20分授業くらいから始めて少しずつ時間を長くしていった記憶があります。

 

小学校は給食を食べて下校する児童、給食から登校する児童といった感じで分けていました。

子どもたちが教室を空ける度に、担任の先生方は机や椅子などを消毒して回っていました。

 

部活動も、そして行事もかなり制限されました。

泊りの行事だけでなく、運動会・合唱祭・文化祭などなども中止の措置がなされました。

 

そんな時を経たからこそ、この卒業式はより一層感動的に思えました。

 

学校から児童・生徒が消えていた時にフェイスブックに投稿したものをご紹介させていただきますね。

 

【子どもたちを待ちわびている
        桜🌸と太陽☀️と富士山🗻】

日本も世界も大きな変化の中にいる。

2020年の今、
学校から子どもが消えている!

春を待ち侘びていた子どもたち。

そして、新しい子どもたちと会うことを楽しみにしていた先生たち。

子どもたちを待ちわびているのは
先生たちだけじゃないよ

ほころびかけた桜の蕾も
渡り廊下から見える富士山も
お空にいる太陽も

みんなみんな子どもたちを待っている

元氣な子どもたちの声を待っている

 

 

そして児童、生徒たちは学校に戻れるようになりました。

しばらく自粛していた行事も再開できました。

それなのに、登校しづらくなっている子どもたちが増えてきています。

 

いったい何が問題なのでしょうか?

そろそろそこのところを誤魔化すことなく、真剣に考えていくときではないでしょうか?

 

学校が本当に今のニーズにあっているのか、子どもたちが生きていくにあたり本当に求められる力は何であるのかを根本から見つめ直していく時ではないでしょうか?

先生方は本当によく頑張ってらっしゃいます。一日のうちの大半の時間を捧げると言っても過言ではない程たくさんの労力を注いでお仕事されています。

でもね、一方的に伝えて従わせるというやり方は古いのです。

新しい時代には新しい時代の羅針盤が必要です。

本当の意味で、児童や生徒たち一人一人の個性を尊重することをやっていかないと学校の存在価値はどんどん失われていきます。

知識だけなら学校に通わなくても得られますものね。

では学校で真っ先に教えていきたいことは何か?

それは「そのままじゃダメだ!」ということではなく、「君はそのままでいいんだよ」ということだと私は思うのです。

中心にあるものをまるごと認めることです。

まるごと受け入れられることで、子どもたちは安心して心を開くことができます。

安心するからこそ、想像力(思いやりにつながります)や創造力(新しい物を生み出す力)が発揮できます。

そこからです。

全ての存在は限りない可能性を持っています。

それを目覚めさせ生かしていく場こそが学校です。

この国が本当に、宝物である子どもたちのことを考えているなら、疲弊している先生方のお仕事内容を精査して、もっと子どもたちに寄り添える時間を増やす必要があります。そして、先生全員が「自由」に発想できる場を作っていくことも大切だと思うのです。

「こうあらねばならぬ」は楽です。決められた枠の中にいろ!ということですからね。でも、個性を発揮するために生まれてきた子どもたちにとって、枠の中にとどまっていなさいということは面白くないことです。窮屈です。息苦しいです。

「どんな在り方もアリだよ」と伝えてあげた時、本当にその子の存在を受け入れ信じてあげた時、人は持って生まれた本来の力を発揮していくのではないでしょうか。

変わっていかねばならないのは学校の在り方だと私は思うのです。